フォーム改善とメンタル強化により打撃不振を打開
直昭実は、直睦君の春のセンバツ以降から夏の甲子園までのスランプからの脱出が、「エンジョイ・べースボール」を体現しているという事で、新聞等に掲載されていました。朝日新聞の記事「甲子園Vへの軌跡たどる」における森林監督の言葉を抜粋します。
「春の大会で4番を打っていた選手が調子を落とし、夏の甲子園では彼の打順は下位に甘んじていたのですが、なんと彼は甲子園が始まる前に、打撃不振を打開するため自らの意志で打撃フォームを変えたのです。そして、自分の課題を分析し、フォーム変更の理由を言語化しながら取り組み、甲子園の期間中のオフの日も志願してバットを振っていたということです。その結果、甲子園が終わってみれば、彼はスタメンの中で最高の打率をたたき出していたのでした。」
直昭入学して1か月も経たないうちに、怪我をして暫くプレーできなかったんだよね。その時と春以降に調子を崩した時は、どちらが苦しかった?
直睦圧倒的に、春以降の方が辛いです。
直昭プレーすらできない方が、キツく思えるけど。
直睦身体は動けるのだから、言い訳できない。頭で考え結果を出すしかない。
直昭まさに苦悩。では、そこから脱出した方策の“フォーム変更を言語化する”とは?
直睦1日1日、その時々の微妙な感覚の違いを、言葉で表さないとすぐに忘れちゃうので。悪い感覚も含め、毎日状態をスマホに書きまくりました。そして、最終的に良い感覚だと感じたものをまとめて見てから、練習に入るようにしました。
直昭悪い感覚を覚えるというのも大事なことだよね。私の弟子にも言うんだけど、失敗した時はあんなにショックを受けてるくせに、月日が経つと皆すっかり忘れちゃうんだよね、悪い意味で(笑)。
直睦そうです。悪かったことを記憶する方が、大切なくらいです。
直昭ところで、フォーム変更って勇気が要ると思いますが、具体的にはどこをどう変えたの?これ野球専門誌じゃないんだけど(笑)。
直睦まず、打つ時に頭が中に入ってしまうとバットが・・・(以下3分、野球マニアの学長嬉しそうに聴き入る)
打撃フォームの改善点を解説する直睦選手。手前は福井学長コレクションの甲子園球場ジオラマ
直昭フォーム改善と併せて、メンタルトレーニングにも励んだとか。
直睦チームが近年取り入れている「スーパー・ブレイン・トレーニング」ですね。緊張や不安など精神面の乱れをコントロールする、脳から心を鍛えるトレーニングです。練習中「ダルい」とか「キツい」などのネガティブなワードをつい使いたくなる時でも、「頑張ろう」とか「ありがとう」等の良い言葉遣いを増やしていくことで、苦しい場面でも平常心を保ち、気持ちで優位に立てるように、メンタルを鍛えていきました。
直昭メンタル面での練習も“野球を楽しむ精神”に繋がっているんだね。
直睦打席で凡退した時には、「切り替える」と実際に口に発して、守備位置につくようにしました。
直昭演奏でも野球でも、ベストなパフォーマンスと最悪な事態をそれぞれイメージしておくことで、どんな展開になったとしても「すべて想定内」と割り切ることができ、慌てることなく平常心でいつも通りのPlayができると思います。続いては、慶應野球部の伝統である「学生コーチ」の存在についても聞かせて下さい。
攻守交代時も笑顔でベンチに戻る(8月23日)
直睦塾高(慶應高校)出身の大学生が、四年間ボランティアで練習指導はもちろん、対戦相手の分析、メンタル面での支えに加え、時には勉強まで教えてくれます。また、ベンチ入りできなかった同級生たちもスタッフに回ってくれたりして。そういう人たちの存在がなかったら、自分たちは絶対に勝てていなかったです。
直昭サラサラヘア、白い肌、笑顔・・・慶應が勝てば勝つほど、紙面等にはそんな言葉が溢れ返ったけど、それらはあくまで表面上のこと。素晴らしかったのは、野球の実力だけではない。勝つことの意味、それを選手自身が、社会的な次元で追究したチームはかつて殆どなかったと思います。私は、式典などで「多様性が尊重される現代社会こそ、自分の人生を貫く考え方、生き方が何であるかを培い確立していくことが大切であり、同時に、他人の個性や価値観も尊重し受け入れる包容力、またそこから学ぶ謙虚な心も必要だ」と話しています。これは、武蔵野の建学の精神「<和>のこころ」は、「個々人の自立」と表裏一体となって捉えられるべきである、という考えに基づきます。さらに、憚りながらも類比的に申し上げれば、福井直秋の「<和>のこころ」と、慶應義塾の福澤諭吉先生による「独立自尊」は含意は同じである――そして慶應野球部こそ、一人ひとりの「独立自尊」と、(ベンチ外も含めた)チームとしての「和」をそれぞれ追究し、高いレベルで融合させ、今述べた含意を具現していると感じました。
歓喜の瞬間を迎え、喜びを爆発させアルプス席に走り出す慶應ナイン。右から二人目が直睦選手(8月23日)
幼稚舎(小学校)で書いた夢を叶える
直昭幼稚舎の頃に書いた「塾高で甲子園に出て優勝する」っていう作文が出てきたという記事を読みました。
直睦全く覚えてなかったけど、3回戦の頃、当時の同級生が教えてくれました。
直睦選手が幼稚舎の頃に書いた作文
直昭月並みな表現だけど、幼い頃の夢を叶えたって素晴らしい。覚えてなかったとはいえ(笑)。他には、「侍ジャパンに入って、取材を受けたい」とあるけど、もう取材はたくさん受けてるよね、たとえば今とか(笑)。
直睦アハハ。でも、幼稚舎の時に慶應のユニホームを着て、こうやってまた高校で同じユニホームを着て日本一になれたのは、本当に幸せです。
直昭幼稚舎と言えば、決勝の九回表、ベンチ入り唯一の幼稚舎からの友人、清原勝児選手に代打で打席を託したね。私が選ぶ隠れた名シーン(笑)。あの日既に3安打打ってノッてたから、もう1本打ちたいって思わなかった?
直睦いや、本当にあそこは勝児なら任せられる、勝児に打ってもらいたいなと思いました。
直昭まして勝児選手とは、世田谷西リトルシニア(中学硬式野球チームの名門)でも一緒だったもんね。
直睦打席に向かう時の声掛けも含め、勝児には勇気づけられました。
言葉の魔術師”仙台育英・須江航監督からのメッセージ
仙台育英・須江 航監督と夏の大会前の練習試合で。絵菜夫人が武蔵野の卒業生ということで、監督から声を掛けて下さる。(7月3日)
直昭直睦君に限らず、慶應の選手たちには、自分たちの野球を自分たちで創り上げ、対戦相手をリスペクトしながら全力で戦い抜こうという強い意志が感じられました。また、惜しくも大会連覇はならなかったものの、同じく自主性・スポーツマンシップを重んじる王者 仙台育英高が対戦相手だったからこそ、慶應は十二分に力を発揮し、高校野球の楽しさも示してくれたのではないでしょうか。優勝インタビューに答える慶應の選手たちの言葉に、仙台育英・須江監督だけでなく、選手全員がベンチで立ちながら拍手を送る場面は忘れられません。野球とは、やはり対戦相手に恵まれてこそ、大きく成長できる競技なのでしょう。ここで、直睦君に素晴らしいプレゼントがあります。なんとその仙台育英の須江航監督が、奥様(絵菜夫人)が武蔵野の卒業生というご縁もあり、直睦君にメッセージを下さいました。(メッセージを見せて)どうですか?
直睦ビックリしました。お忙しい中、有難いメッセージをいただき、誠に光栄です。春夏甲子園での仙台育英さんとの試合は、自分の野球人生において一番記憶に残る試合になりました。しかし、この瞬間に決して満足せず、大学でも仙台育英の選手と共に頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。
直昭須江監督からは、併せて武蔵野の学生に対してもメッセージを頂きました。心より御礼申し上げます。今回の準優勝時のコメントとしてフォーカスされた「人生は敗者復活戦」というワードですが、監督は実は従来からこの言葉を著書等でたびたび使われています。僭越ながら私も常々「本番で成功した喜びよりも、むしろ失敗した悔しさを味わうことこそ、成長の糧となるだけでなく、人格を重層構造にし、人生をより豊かなものにする」ということを話しています。新時代のリーダー像を体現する須江監督の言葉には、いつもオーケストラのようなパワーが宿り、様々な音色が響き、演奏者・教育者・経営者としての私の心を強く共鳴させて下さいます。そして余計なことかもしれませんが、奥様も大変聡明な方で、さすが須江監督、さすが武蔵野(笑)と思っております。これからも応援させていただきます。
仙台育英・須江 航監督からの特別メッセージ
福井直睦くんへ
春の甲子園の激戦に続き、夏の甲子園しかも決勝戦の大観衆の中での対戦は、私達にとっても人生の中の素敵な思い出になりました。本校の生徒たちは東京六大学に進学するなど、リーグ戦や大会においてお手合わせいただくことになります。良きライバル、友になり生涯の付き合いにしてもらえたら嬉しい限りです。ご縁いただきましたので、これからはファンとしても応援しています。夏の甲子園17打数8安打3打点。ナイスバッティングでした。おめでとう。
武蔵野音楽大学の学生の皆さまへ
仙台育英学園高等学校硬式野球部監督の須江航です。
妻が御校の卒業生であり、また福井学長の御親戚の直睦くんとのご縁で今回メッセージを送らせていただきました。
喜びや感動、悲しみや失望-―夢や目標、叶えたいことがあるとそんな感情が湧き起こり、人生に彩りを与えてくれます。
私にとってそれは、野球や1人1人の生徒の成長ですが、皆さんには声や奏でる音色、音楽なのだと思います。私もですが皆さんも、そんな素敵なことに出会えて幸せですね。夢は近付くと目標に変わります。自分の個性と感性を大切に、豊かな心を育む4年間にして下さい。
直昭さあ甲子園で優勝した今、作文を書くとしたら、将来の夢は何かな?
直睦大学で野球をしっかりやって、それからですね。でも、どんな形であれ“幸せ”を掴みたいですね。
直昭「自分なりの幸せを見つけ、努力する」森林イズムですね。では、最後に、同世代の武蔵野の大学生、高校生にメッセージを。
直睦自分が好きで始めたことを続けて、成長する。そんな機会を与えてくれる環境自体にしっかり感謝した上で、これからもお互い好きなことに対する力を伸ばしていきましょう。
直昭どんな時代であっても、人間は、人間が全身全霊で物事に打ち込む姿に惹かれるんだよね。ありがとうございました。
(2023年12月発行 MUSASHINO for TOMORROW Vol.144 掲載)