自分らしく、主体的に―“鏡ワールド”全開で掴んだ金メダル
100年ぶりの開催となった花の都・パリでのオリンピック。大会最終日にレスリング女子最重量級で日本人初の優勝、日本レスリング過去最多の8個目の金メダルをもたらしたのが鏡 優翔選手でした。帰国後も持ち前の明るい性格でメディアに引っ張りだこの鏡選手と、無類の格闘技好きでレスリングの大会にもしばしば顔を出す福井直昭学長。そんなお二人による、鏡選手と同世代の学生に重要な示唆を与える充実した内容のスペシャルトークを、存分にお楽しみください。
(2024年10月24日実施)
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    タックルに入る時に光が見える

    福井 国内では女子の最重量級選手は少なく、世界レベルを想定した練習相手はなかなか見つからなかったのでは?

    体格の大きい男子選手と練習してきました。男子選手のパワーやスピードに慣れ、それを上回ってやるくらいの気持ちでトレーニングを積めたことが自信に繋りました。小さい頃から「タックルで勝て」と言われて、何百本、何千本とタックルに入る練習を積み重ねてきました。だからどこかで必ず自分のタックルが決まるはずだと、冷静な気持ちで試合に臨めたし、大舞台でそれを実現できたことはすごく嬉しかったです。

    “光が見える”というのは、「今いけ!」って言われる感覚。「ピカッ!」っていう言葉よりも短い時間、ほんの一瞬、相手の隙が見えるんです。

    エッフェル塔の前で、花の都にぴったりな明るい笑顔が咲き誇る

    福井 「タックルに入る時に光が見えるようになった」という発言もありました。

    “光が見える”というのは、「ここで入れ!」「今いけ!」って言われる感覚です。「ピカッ!」っていう言葉よりも短い時間、ほんの一瞬、相手の隙が見えるんです。

    福井 そういう話、大好物です。自分には絶対経験できないことですから…当たり前だけど(笑)。昔、「ボールが止まって見える」と語った野球選手がいましたが、それに似た、まさに天才ならではのゾーン状態ですね。もちろん、圧倒的な練習量が礎にあるのは確実ですが。

    レスリング関係者と色々話すと、私は「相手がこうくるな」っていう読みが他の人より鋭いようです。こういう感覚を持ってるのって意外と私だけなのかなと、大学生を教えている時などに感じます。

    福井 野球の話が出た所で…ちょっと話題が逸れますが、甲子園球場でファーストピッチ(始球式)をされましたよね。こちらは緊張したのでは(笑)?

    練習ではうまく投げられたんですが(笑)。トラッキー(阪神タイガースのマスコットキャラクター)あたりに投げるって聞いていたのに、サプライズで大ファンの木浪聖也選手がバッター、坂本誠志郎選手がキャッチャーをしてくださって、それでもう緊張しちゃって(笑)。

    福井 ということで、既にお持ちかもしれませんが、よかったらこれを…(とポケットから阪神・木浪選手のトレーディングカードを取り出す)

    始球式で打席に立ってくださった阪神、木浪選手のカードのプレゼント

    え、え、いいんですか、これ?ありがとうございます!ヤバぁ!嬉しい。

    福井 そんなに喜んでいただけて、こちらが嬉しいです。

    スポーツの意義を伝える

    福井 大学の広報誌なので、少し大学関連のお話を。現在、サントリービバレッジに所属すると共に、東洋大の大学院1年次に在学されています。

    引退後にどのような職業に就くかなどを模索するためにも、入学しました。前期はオリンピックに向けて集中したので全然通えなかったのですが、後期からはこの金メダルの価値を高めるためにも、徐々に通っています。

    福井 大学院では、どのような研究を?

    これまで五輪で金メダルを取ることに人生をかけてきたので、今後こんなに一生懸命になれることがあるのかな、燃え尽き症候群になっちゃわないかなと、今少し不安なんです。でも、金メダルは誰もが取れることじゃないので、この経験を何も活かさなかったら勿体ない。だからレスリングの普及をしながら、スポーツの持つ意義といったものも伝えていきたいと考えています。亡くなった祖父の話なのですが、ある難病にかかって杖をついていたのに、私の試合を応援しに来るってなった時に、杖要らずでスタスタ歩くようになったんですよ。世界選手権の時も肺炎気味だったのですが、私が優勝した瞬間に治っちゃったんです。帰国後すぐ会いに行ったら、感情も顔に出るぐらいめちゃくちゃ元気で。やっぱりスポーツには何かそういう効果があると感じました。高齢化がさらに進む今後、活力ある健全な社会の形成に対するスポーツの意義を、自らの経験も含めて研究していきます。

    福井 AIや科学技術の発達で利便性が向上する反面、ストレスを感じることも増大している現代社会においてこそ、人間の身体的・精神的な欲求に応える世界共通の文化であるスポーツは、ますます大きな意義を持ってくると思います。きっと音楽も同じです。是非スポーツ振興を通し、社会に貢献していただくことを期待します。

    鏡選手Tシャツが福井学長に当たったレスリング日本選手団報告会にて(2024年9月27日 明治記念館)

    祖父の話なのですが、世界選手権の時も肺炎気味だったのですが、私が優勝した瞬間に治っちゃったんです。

    かわいく、強く、かっこよく

    福井 さて、少し時間を巻き戻します。そもそも東洋大学を選ばれたのはなぜですか。

    高校までJOCのエリートアカデミーというちょっと厳しいところで過ごしたのですが、自分自身が縛られるのがあまり得意じゃなくて。それで、自分らしさを出しながら頑張れる場所だと感じた東洋大学を選びました。オシャレも好きなので、髪の毛を染めたり、ネイルをしたりして。そういうことがダメなレスリング部は沢山あるので。でも、これで弱かったら「弱いくせにそんなことやってる」ってなっちゃうので、自分に良い意味でのプレッシャーをかけてきました。

    福井 その付近は、(前回学長対談の)慶應義塾高校野球部の「エンジョイ・ベースボール」にも通じるものもありますね。その代わり、そういう環境では主体性が重んじられる。自分の意志や判断に基づいて行動しなければいけないですよね。責任を伴うというか。

    そうなんですよ!

    福井 オシャレといえば、フランス国旗のトリコロールに染めたヘアスタイルや、「カワイイ♡」と書き込まれたマウスピースが話題となりました。

    日本選手団最後の大会通算20個目となる金メダルを持って閉会式で(2024年8月11日)

    福井先生から責任の話が出ましたが、色んな強くなる方法があるんじゃないかって。(マウスピースに書き込むことで)自分が「かわいい!」で応援されたら頑張れるとか、オシャレしながら、練習や戦う時は切り替えるとか。だから、強くなるこういう方法もあるってことを証明できたと思います。でも五輪前、NHKの特集か何かで「カワイイ♡」に関する発言をしたら、SNSに「鏡は、あの発言で負けると思う。外国人のアドレナリンをなめたらいかん」って書かれたんですよ。夜遅くだったんですが、その投稿を見た瞬間「こんな一生懸命練習しているのに、何でそんなこと言う!」って悔しくて泣きながら、気が付いたら腕立て100回やってて。その後腹筋100回やってもまだ足りないと思って、また腕立て100回やって、ようやく「寝る!」って(笑)。でも優勝したら、その投稿をした人から「ぶちのめされました。おめでとう。カワイイですよ」ってきたんです。

    福井 伏線回収というか、SNS上でもドラマを紡いだという(笑)。そういえば私、昨日歯科医院に行ったのですが、鏡さんに敬意を表し、歯に「カワイイ」って書いてもらおうと一瞬思いました(笑)。

    是非やって欲しかったですけど(笑)。レスリングは汗をかくし相手と接触もするので、陸上選手のようにメイクやアクセサリーをして出られない。でも、だから何もしないではなくて、邪魔にならない程度に、髪の毛の色や、落ちないリップ・取れないマツエクとかで美しく見えるようにしています。それが競技自体のアピールになればなと。

    福井 五輪を目指した学部時代の大学生活のルーティンはどんな感じだったですか?音大生が興味あるところです。

    午前中の授業のない時間にトレーニングをし、午後の3、4限あたりに授業を入れて。5限後から練習となると18時からなんですよ。で、終わるのが21時くらいで、そこからご飯を作ったり、洗濯となると1日が終わるのは結構遅めになります。

    福井 音大生で真面目に練習している子も、そんな感じです。人間1日24時間しかないって制約があるからこそ、頑張りますよね。日本の大学は、昨今出席が厳しいはずですけど、東洋大学さんは?

    厳しいです。

    福井 オリンピック候補選手だから緩和とかはないですよね?

    いや、ないですね。

    福井 3分の2出席しなければ単位が出ない?

    はい、そうです、そうです。欠席は4回まで…授業が詰まってる1、2年次は、ちょうどコロナ禍ゆえのオンライン授業だったので、移動時間等を考えるとある意味ラッキーでした。

    福井 学業の方はどうでした?

    結構ギリギリを攻めてました(笑)。勉強はやれって言われたら結構できるし、頑張ったら良い成績は取れると思うんですが。「今日は午後の練習のために、どうしても身体は休めたい」という時は、そちらを優先して欠席したりしました。

    福井 知人の有名将棋棋士も、大学時代の単位取得にはコスパを重視したと(笑)。でもトーナメントで勝ち進むと、そういう時に限って出席がギリギリな授業の曜日に次の対局が入ったりして、勝って嬉しいんだか悲しいんだかって思ったと言ってました(笑)。

    鏡選手「福井先生の動画を拝見しましたが、先生もピアノを前にした時の表情がお会いしてる時と全然違っていて、かっこいいです!」

    有言実行の意味

    福井 「五輪後の取材でよく『4年後は?』って聞かれるけど、『そんなに簡単に言わないで!』って思っちゃう」というお話は、おっしゃる通りだと思います。

    期待してもらえるのはすごく有難いのですが、パリに出ると決めてから必死で積み上げてきた結果が、今回の金メダル。「じゃ、次は2連覇ですね」と言われると、「オリンピック連覇を目標にしたわけではない。今、この金メダルを見てよ!」と思ってしまいます。仮に4年後を狙うとしたら、みんな私を基準にやってくると思うので、今まで以上の、もっともっと強い覚悟が必要なんです。それが定まらない限り、容易に“次”を口にすることはできません。やっぱり私は“有言実行”をしたいタイプなので、簡単に言いたくない。

    福井 発言したことには責任を持ち、必ず実践すること。それが“有言実行”ですものね。それが、たとえ自分を鼓舞する意味であったとしても。

    差し上げた黄色いTシャツにも、オリンピック前に作ったのに「パリオリンピックゴールドメダリスト」って書いててね(笑)。

    福井 そうそう!有言実行Tシャツ。ついでに、なぜか隅っこに藤波朱理選手のサインも入ってるという(笑)。

    そう、私がサインしてる時「じゃあ(藤波)朱理も、こっそりここらへんに書いたら?」って(笑)。

    福井 もうバラエティを全制覇したんじゃないかっていうくらいの連日にわたるテレビ出演ですが、大体、藤波選手と共演してますよね?

    会社の広報を通してオファーが来るんですが、その依頼文の中に大概「藤波選手と」って(笑)。コンビ性がいいんですかね?

    福井 最高ですよ!番組で藤波選手が「自分は減量があるほうなので、試合前はあんまりいっぱいは食べられないんですけど、鏡先輩はホントに容赦なくいっぱい食べます」と不満を告白して、鏡さんが目の前で見せつけるようにスイーツやラーメンを食べるVTRが公開されてましたが(笑)

    確かに、朱理は私と3cmしか違わないのに20㎏以上階級が低いので減量が大変なんですが、「優翔さん普通に食べて下さい!」みたいに言われたので遠慮しないで食べてて動画を撮らせてたら、それをテレビで流されて「見せつけるように食べた」って言われちゃって(笑)。

    福井 その真相の方が、もっと面白い(笑)。先に金メダルを獲った藤波選手が、同じ部屋で浮かれてたっていうのは?

    なんかもう、めっちゃ浮かれてるんですよ(笑)。でも、お互いに本当に性格が分かった上での行動なんです。なので、私も一応「おい!」とか言いながら(笑)、朱理があえていつも通りにしてくれてるなと。

    福井 でも鏡さんの試合の当日は、一緒に焼きたてパンとコーヒーの朝食とるはずが、約束の場所にいなかったという(笑)。

    それも朱理が言いだした毎朝のルーティンなんですよ(笑)。朱理の試合前もやりました。それが、いないし連絡来ないなと思ったら、まさかの爆睡でしたね(笑)。

    福井 一流アスリート同士の友情が感動的でもあり、しかも面白い!

    トレードマークのヒマワリのイラスト入り色紙を持って図書館で記念撮影。「大学時代は図書館にはほとんど行かなかったです(笑)」

    やっぱり私は“有言実行”をしたいタイプなので、簡単に言いたくない。

    目標から逆算して日々の練習を

    福井 最後に、同年代の武蔵野の学生に対して、メッセージをお願いします。

    オリンピック金メダルを目指したから偉いとか、すごいとかそういうことではない。例えばレスリングで言ったら、オリンピックで優勝したいっていうことも、小さな大会でも優勝したいってことも、また1勝したい、あるいは1ポイントでも取りたいってことも、目標を掲げるという意味では全部一緒だと思います。目標の大小ではなく、今自分が掲げた目標に対して、叶えようと努力することが大切だと思っています。

    福井 冒頭の「目標から逆算して日々の練習に落とし込む」に回帰しますね。達成するまでの道筋を明確にすることで、やる気が向上し、ブレない行動ができるようになると思います。

    あまり音楽は詳しくないですけど、例えば「今日はここまでは1回も間違えずに弾ききるぞ」とか、そういう本当に細かな目標でいいので、それに向かってやる。それが達成できようができなかろうが、それに向かって頑張った努力って絶対無駄じゃないんですよ。何かに必ず活きるので。

    福井 学生たちには、鏡さんの言葉を導きの光として、勇気をもって道を歩んでほしいと思います。長時間、ありがとうございました!

    こちらこそありがとうございました!

    福井学長「マット上の勇姿と素顔の鏡さん、どちらもとても魅力的で、一層ファンになりました」

    (2025年2月発行 MUSASHINO for TOMORROW Vol.146 より)

    鏡 優翔(Yuuka KAGAMI)

    鏡 優翔(Yuuka KAGAMI)

    2001年9月14日生まれ。全国少年少女選手権5度優勝。JOCエリートアカデミーへ進み、17~19年にインターハイ3連覇を達成。19年の全日本選手権では女子68㎏級で東京2020オリンピックの代表入りを目指したが、初戦で敗れて代表切符獲得ならず。20年全日本選手権では女子76㎏級で優勝。21年全日本選手権と22年全日本選抜選手権でも優勝し世界選手権に初出場、同女子76㎏級で銅メダル獲得。23年世界選手権では女子76㎏級で初の世界一に。24年パリ2024オリンピック女子76㎏級で日本史上初となる女子最重量級でのオリンピック金メダル獲得。24年3月東洋大学卒業、現在、同大学情報学研究科博士前期課程1年次在学中。サントリービバレッジソリューション(株)所属。24年 紫綬褒章受章。栃木県民栄誉賞、山形県民栄誉賞他受賞。

    福井 直昭(Naoaki FUKUI)

    福井 直昭(Naoaki FUKUI)

    1970年東京都出身。慶應義塾大学卒業、武蔵野音楽大学大学院修了、ミュンヘン音楽大学留学。ピアニストとして国内外で20を超えるオーケストラと協演し、クロイツァー賞、ブルガリア国際コンクール「Music and Earth」全部門グランプリ、ハンガリージュール市記念シルバーメダル、下總皖一音楽賞等受賞。現在、武蔵野音楽大学理事長・学長の他、日本私立大学協会常務理事、全日本音楽教育研究会会長等を務め、学内のみならず多くの機関において重要な役割を果たす。また、教授として優秀なピアニストを多数世に輩出するほか、マスメディアへの登場も多く、音楽文化を教育・研鑽する大学の長として、音楽の枠に留まらない発信を常にし続けている。

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