福井直昭学長 対談

特別対談1―
鏡優翔(パリ五輪レスリング女子76kg級金メダリスト)× 福井直昭 (本学学長)

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自分らしく、主体的に―“鏡ワールド”全開で掴んだ金メダル

 100年ぶりの開催となった花の都・パリでのオリンピック。大会最終日にレスリング女子最重量級で日本人初の優勝、日本レスリング過去最多の8個目の金メダルをもたらしたのが鏡 優翔選手でした。帰国後も持ち前の明るい性格でメディアに引っ張りだこの鏡選手と、無類の格闘技好きでレスリングの大会にもしばしば顔を出す福井直昭学長。そんなお二人による、鏡選手と同世代の学生に重要な示唆を与える充実した内容のスペシャルトークを、存分にお楽しみください。(2024年10月24日実施)

誰も成し得なかった最重量級金メダル

福井 まずは先日(五輪日本選手団報告会)のオリジナルTシャツプレゼント、ありがとうございました!たった1つの景品、しかも鏡さん自ら私の抽選番号を言っていただいて。

 7が好きなので、77と!

福井 元々ファンだったのですが、あの時の鏡さんの引きの強さ、あっ私にとってですが(笑)、それが今回の対談のオファーへの決定打になりました。

 Tシャツのおかげで(笑)

福井 「幸福の黄色いTシャツ」ですね(笑)。さて約2か月経ちましたが、改めまして、レスリング女子最重量級で日本史上初の五輪金メダルを獲得された時の心境をお聞かせください。

 “初めて”という言葉が好きなので、誰も成し得なかったことを達成することができたのはすごく嬉しかったです! 最重量級は勝てないと言われていたから、「見たか!」と言う気持ちです。

福井 ある経済学者の言葉で 「人生における大きな喜びは、『君にはできない』と世間が言うことをやってのけることである」とあるのですが、 そんな心境ですね。

 五輪ならではの独特な雰囲気でもちろん緊張もしましたが「今この場所にいるからこそ味わえる空気だ」と切り替えて、 とことん楽しみました。

福井 レベルが違う話か もしれませんが、私も学生に対し「本番で大きな緊張を感じている時は『この緊張を味わうために、これまで練習してきたんでしょ?』と自分に言い聞かせよう」と指導しています。緊張したとおっしゃいましたが、決勝の相手のブーレーズ選手を見た時、自分の方が練習してきていると直感したとか?

 何かで言っちゃったかもしれない…(笑)

福井 言っちゃってます(笑)。

 顔、顔つきで分かるんです。

福井 鏡さんの内なる自信というか、自己肯定感もあったのでは?

 はい、そうです。そこに至る準備を、かなりしてきましたから。大切にしているのは「大きな目標から逆算して日々の練習に落とし込むこと」です。東洋大学入学前から、卒業後にパリ五輪があることは意識していました。「何年何月にはこの目標を達成する」と金メダルまでの道のりを書き出して、そこに向かう上で今の自分
に足りないものを普段の練習から一つずつ確認していきました。

福井 計画がない目標は、ただの願い事ですもんね。甲子園優勝時の「青春って、すごく密なので」の名言でも有名な、仙台育英高校の須江 航監督と先月お話しをさせて頂いたんですが、須江監督も「日本一からの招待」というスローガンを掲げています。つまり、全ての取り組みが日本一に相応しいレベルに到達した時、日本一から招かれるという考え方で、まさに、鏡さんが今話されたことと重なります。

 うんうん。

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大怪我は金メダルを取るための必然的な試練

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▲富山英明 日本レスリング協会会長(84年ロス五輪男子レスリング金メダリスト・本学園評議員)「とても性格の良い “明るく、優しく、力強い、世界一のヒマワリ娘” だね!」

福井 しかし、そのような五輪金メダルを目標とした道程の中で、大怪我を何回もされました。2022年末は大胸筋断裂、今年の3月は肋骨骨折。さらに5月は右膝副靭帯損傷。

 それらの怪我にも必ず意味があると考え、例えばウエイトトレーニングや心肺機能を高めるトレーニングに励みました。今考えると、その期間は本当に充実していました。だから、怪我は金メダルを取るための必然的な試練だったのかもしれません。悔しい思いにとらわれることなく、目標への正しい道がブレないよう意識し続けてきたからこそ、乗り越えられたのだと思います。

福井 「苦しいから逃げるのではなく、逃げるから苦しくなる」というやつですね。でも五輪直前の膝靭帯損傷はタックルが持ち味の鏡さんにとって、きわめて厳しい状況だったのではないでしょうか。

 膝から音が鳴って「切れたな」という感覚があり、瞬間的にヤバいと思いましたね。ただ「出場できないかも…」みたいな絶望感はなく、むしろ大会までの計画をどう変更しようかと冷静に頭が働いたんです。落ち込んでいる暇はないと。むしろその前の肋骨骨折の時の方が、ずっときつかったです。2週間は何もできなかったので。息も上げられなかったんです。

福井 切り替えと受け入れの早さ。鏡さんの発言からは、常にポジティブな思考回路が見て取れます。怪我の話ばっかりしてなんですが(笑)、実は五輪中にも負傷していたんですよね。

 それも一回戦が始まって1分ちょっとくらいの時。タックルしてきた相手の頭が、自分の右目辺りにぶつかって。めちゃくちゃ痛かったんですよ。2回戦から準決勝まで3時間くらい時間があったから「試合会場近くで寝る」ってなったんですけど、痛すぎてもう眠れないんです。しかも正面しか見えなくなって、これはヤバいぞと。でもやるしかないですから。

福井 帰国後のエピソードで好きなのが「骨折していたら、これもひとつのストーリーになるな、とひそかに思いつつ病院行ったら、本当に骨折してた」っていうやつです(笑)。バランスのとれた体格と優れた身体能力を評価されることの多い鏡さんですが、いまお聞きしたようなメンタルの強さこそ、アスリートとしての最大の武器なのかもしれませんね。メンタル関連で言うと、“笑顔”をモットーにされていると。

 かなり大事ですね。笑うことが負の連鎖を断ち切る方法だと思っているので。なるべく笑いが起きるように行動しています。

福井 それは“あえて”の行動ではなく、御性格からくるナチュラルなものだと数々のテレビ御出演から拝察いたします(笑)。かく言う私も、とても真面目な、なんなら暗い話題の会議時こそ、絶対不謹慎だろと思いつつも、むしろこういう時こそ面白いと笑わせにかかります。

 それ、私もです!真面目な講演とかでも、笑わせにいこうとします。大概、“微笑”で終わってしまうんですけど(笑)

福井 鏡さんだから言うわけではないですが、人間関係は“鏡”だなって。鏡は先に笑わない、自分が先に笑えっていう意味で。

 なるほど。

福井 トレードマークのヒマワリのような笑顔と鍛え上げられた肉体―「性格は顔に出る、生活は体型に出る」という格言がありますが、まさに鏡さんのことですね。

 ありがとうございます!

(特別対談2へ続く)

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ペーター・ヤブロンスキー
鏡 優翔

2001年9月14日生まれ。全国少年少女選手権5度優勝。JOCエリートアカデミーへ進み、17~19年にインターハイ3連覇を達成。19年の全日本選手権では女子68㎏級で東京2020オリンピックの代表入りを目指したが、初戦で敗れて代表切符獲得ならず。20年全日本選手権では女子76㎏級で優勝。21年全日本選手権と22年全日本選抜選手権でも優勝し世界選手権に初出場、同女子76㎏級で銅メダル獲得。23年世界選手権では女子76㎏級で初の世界一に。24年パリ2024オリンピック女子76㎏級で日本史上初となる女子最重量級でのオリンピック金メダル獲得。24年3月東洋大学卒業、現在、同大学情報学研究科博士前期課程1年次在学中。サントリービバレッジソリューション(株)所属。24年 紫綬褒章受章。栃木県民栄誉賞、山形県民栄誉賞他受賞。