福井直昭学長 対談

宮城野親方(元横綱白鵬関)× 福井学長 特別対談(後編)2

特別ゲスト:富山英明(日本レスリング協会会長・1984年ロサンゼルス五輪金メダリスト)

2度味わった目に見えない不思議な力

宮城野 目に見えない不思議な力というのを、実は10年間で2回味わいました。私は、東日本大震災が起きた日と同じ、3月11日生まれなんですが、震災の3ヵ月後、8日間で10ヵ所、慰問して巡りました。最初は岩手県の山田町で、前日に乗り込んだんですけど、眠れないんですよ。余震で携帯のアラームが鳴るじゃないですか、「地震です!」って。で、寝不足のまま土俵入りしました。そうしたら次の日、山田町の担当者から電話がありました。「横綱が土俵入りしてから、余震が1回もなく、ぐっすり眠ることができました」と。

福井 それは、人知を超えた力ですね。

宮城野 土俵入りし四股を踏むことで、先ほど話したよう、邪気が払われ、大地の荒ぶる神を抑えられたのではないかと思います。大相撲というのは、赤い糸じゃないですけど、目に見えないもので、この国、或いは何かと繋がっているのだなと確信した瞬間でしたね。神がかった話をしているようですが、不思議なもの、目に見えないもの、そういったものを含めた大きな世界の中で生かされていることを知り、畏怖の念を抱くことも、自分の心を整える上で大切なことだと、私は感じています。そして、もう一つの不思議な出来事は、最後の名古屋場所の時のものです。

福井 最後の場所で45回目の優勝、しかも全勝した昨年の7月ですね。

宮城野 千秋楽の朝に、とんでもないものを見ちゃったんですよ。あと5時間後に全勝対決の大勝負が待っているわけじゃないですか。朝稽古の時に、トヨタスポーツセンターの端にあるうちの相撲道場に、ドアから真っ黒な蝶が入ってきたと思い、でもよく見たら蝶ではなくトンボだったんです。黒いトンボ、見たことあります?

福井 いや、ないです。

宮城野 ゴルフ場とかで見るトンボなんかとは違うんです、飛び方が。こりゃあ珍しいものを見たなと。で、朝稽古が終わって調べたんですよ。そうしたら、ハグロトンボというトンボだったんです。

福井 羽黒山(昭和初期の横綱)じゃなくて(笑)?

宮城野 学長、詳しいですね(笑)。ハグロトンボは、青森とか新潟の川のきれいな所にしか出てこなくて、もう絶滅に近いらしいです。そして、最後に書いてあったのが、「神の使者」。

福井 へぇー。黒猫を見たら不吉って言うけれど…。神の使者か。たしかに、長渕剛さんも歌ってますね、「ああー幸せのとんぼよー」って(笑)。

宮城野 普通のトンボはこんなふうに羽を広げたまま止まるじゃないですか。ハグロトンボは、合掌するように羽を閉じて止まるんです。録画してあるから見てください(と言って、自分のスマホをみせる)。

福井富山 「わー、本当だ!」

宮城野 よーし、と思うじゃないですか。それで風呂入って、ちゃんこを食べている時、今度はでっかいヤモリを見たんです。1ヵ月半くらいそこにいたのに、それまでは小さなヤモリすら見てなかったんですよ。でも、その朝にでっかいのが…。

福井 2匹目の使者ですね。

宮城野 勝った後に思い出しました、「ああ、朝いたな…」と。

現役最後の一番の感動秘話

福井 目標の二桁を達成した10日目に、実は引退を決めておられたと。

宮城野 そうなんです。師匠とか家族とか、部屋の皆さん、裏方さんに言いました。それ以外は、誰も知らないです。そして千秋楽を前に、ある人に「みんな断髪した後に、土俵に感謝の気持ちを伝えている。だから、横綱は土俵に上がる前に感謝の気持ちを伝えて」と言われたんです。で、呼び出しさんから四股名を呼ばれた時、こう蹲踞(そんきょ)して土俵に頭をつけました。

福井 感動的でした。

宮城野 「20年間ありがとうございました。この一番だけ力をください」と。土俵に上がった瞬間、20年間で初めて緊張しなかった。すーっと抜けるというのか、どうなってもいいという感情の中に、光がうっすらあるような。勝てばその光が輝きますから。目つき、顔つき、身体つきも、そうなるんだろうね。で、勝った後に、爆発しちゃって。ちょっと叩かれましたけれど(笑)。

富山 ははは、なるほどね。分かるな(笑)。

福井 雄叫びつきのガッツポーズね(笑)。

宮城野 20年間で初めてですよ、ああいう心境、感情になったのは。

福井 そこまで書いてあるインタビューもないですね。有難うございます。昔、巨人の桑田真澄投手が手術を経て久々に復活した時、マウンドに腕をつけたことあったじゃないですか。あれは再生だけれど、親方の場合は、もうこれが最後だということで土俵に額を。実にいい話を伺ったので、私は、これからはあの映像を見て何杯でもお酒が飲める。もう最高(笑)。

宮城野 富山さん、とんでもない夢を見たじゃないですか。最後の場所前に。

富山 そうそう、私、電話したんだよね。夢の中で横綱が優勝するんですよ。優勝してパーティーやっているんですよ。

宮城野 しかも、全勝優勝!

福井 正夢ですね。

宮城野 あの時は 6 月で、まだ自分なりの稽古ができていなかったんです。でも、ものすごく嬉しかった。

富山 何かが知らせるんだろうね。不思議だったね。

福井 以前、富山先生に伺った「夢でも勝つ」というお話。本番を想定してシミュレーション=イメージトレーニングをする。不思議なもので本番の1ヵ月くらい前までは相手と接戦しても負けてしまうという夢を見るが、順調に調整が進むと、1週間くらい前くらいから今度は勝つ夢に変わる。私も、たまにコンサート直前なのに全然間に合っていない夢を見ます(笑)。夢までコントロールするというのは、やはりそれだけ練習して自信を持っていかないと、できないですよね。

宮城野 最後の名古屋場所の14日目大関正代戦。もし負けたら、千秋楽で全勝の新横綱照ノ富士に二番勝たないと優勝がない。二番は難しいけど、一番だったら何とかなるという自信があるから、とにかく正代戦は落とせないと。ある意味、千秋楽の取組より14日目の方が緊張感があった。でも、どんなにシミュレーションしても、正代には勝てないんですよ。本当はやりやすい相手なんだけど直近の場所で負けているし、自分は膝が悪いから思い切り立ち合いができない。夜も眠れないので睡眠薬を飲んで、それで朝起きたらトレーナーの大庭先生たちが来て、「横綱、立ち合い決まりましたか?」と。その時の言葉が、「決まった。今日は当たらない」。それで、立ち合いで仕切り線から下がったんですよ。ひとつ、ふたつ、自分が歩いて下がっていくんです。そうしたら、正代が動揺してね、目が左右にすごい勢いで…人間の黒目って、あんなに速く動くって知らなかった(笑)。

福井富山 (大爆笑)

宮城野 そこで、もらったと思いましたね。

⑤2021年7月14日 七月場所 土俵入り.JPG
進退を賭けた場所で、不知火型の横綱土俵入りをする白鵬関。左は露払い石浦(2021年7月14日ドルフィンズアリーナ)
全日本相撲協会提供
宮城野親方と.JPG
親方が部屋継承後初の開催となる「宮城野部屋千秋楽パーティー」にて(2022年9月25日)