夢心運 ― 宿命と運命に彩られた相撲人生(後編)
数々の大記録を打ち立て相撲界を牽引し、去る1月28日に断髪式を行ったばかりの元横綱白鵬 宮城野親方と、格闘技に造詣の深い本学 福井直昭学長との対談は、前号に引き続き本学園評議員でもある日本レスリング協会会長 富山英明氏(1984年ロサンゼルス五輪金メダリスト)をゲストに迎えた豪華なものとなりました。相撲の奥深さ・魅力から教育論に至るまで思う存分語り合った、高揚感とユーモア溢れる充実のスペシャルトークをお届けします。
(2022年4月18日対談)
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INDEX

    心技体──8割が心

    福井 親方は、さまざまな場面で、いわゆる「心技体」では心が大事だというお話をされています。

    宮城野 心技体の中で、2割が「技と体」で、残りの8割が「心」だと思います。“相撲の神様”双葉山関は、心技体から「技」を外し、代わりに気持ちの「気」を入れて「心気体」と言ったんですね。技ではなく、気持ちがいかに大事かと。最大の敵は、自分の心に潜みます。それに打ち勝たないといけません。

    福井 あらゆる史上最高記録を塗り替えてきた親方が挑み、超えられなかった唯一と言ってよい大記録が双葉山関の「69連勝」。イチロー選手や最近では大谷選手などもそうですが、不滅の大記録に近づいた時、過去の偉大な名前が歴史から引っ張り出されます。白鵬関の場合は、周りから似ていると言われ、自ら尊敬し研究もした「双葉山」という名前が、神棚から降ろされたわけです。

    富山 63連勝までいったのに、稀勢の里に負けたじゃない。当時、相撲の神様の記録を外国から来た者に超えさせてはいけないという雰囲気があったよね。

    宮城野 記録がかかったのは、ちょうど九州場所だったんです(2010年11月)。双葉山関の出身の大分県宇佐市まで、車を出して行きました。お参りして、帰りに資料館に寄ったら、資料館の館長が人を呼んでしまって、もう何百人と来ちゃったんです。それで、帰りに車に乗る時に、「白鵬、双葉山関の記録超えるな〜!」と言われて。その言葉が、ぐわーっと刺さった。

    福井 地元の大英雄ですものね。

    宮城野 はい。双葉山関は3年近く負けなかったわけじゃないですか。当時は1年に2場所だったですからね。それを年6場所の自分が1年足らずで超えていいものかなあと、自分でも思っていましたし、あと3、4日で場所が始まる時に「どうしよう」と思って大鵬さんに電話しました。「親方、こんなふうに言われてしまったんだけど…」と。そうしたら、「我々もその記録に挑戦した、でも果たせなかった。チャンスがあるんだったら、是非ともやってもらいたい」。それを聞いて、ちょっと落ち着きました。

    富山 私は、同じ格闘家として分かるじゃない、充実した横綱が負けないのが。でも神様みたいに尊敬している人の記録に迫った時に、何かこう重くなったような気がした。やっぱり優しいから、何か葛藤が始まるんだよね。多分あそこで抜けきれなかったというのは、その辺の部分だったんだね。

    父がいて、母がいて、ご先祖様がいて、今の自分がある。自分の力、才能だけではないです。

    宮城野 双葉山関が69連勝で、私が69代横綱なんですよ。

    福井 それも奇遇ですね。

    宮城野 この縁だけで、残りの相撲人生を頑張れると思えました。69というのは、凄く好きな数字ですね。3、6、9というのは、ミロク(弥勒)といってイイ数字なんです。

    福井 古くから、世界中のあらゆる文化、宗教、建築、数学などで、3が重要視されてきましたよね。地球の自然や時の流れ、宇宙の法則などを紐解いていくと、ミロクにつながる。

    宮城野 神の数字ですよね。まあぜひ先生のところも、ひとつの交流として宮城野部屋に来て朝稽古を見るというようなことをね。「十代の子たちがここまで頑張っているのだから、我々大学生はもっと頑張らないといけないな」と、そういう気持ちになるかもしれないです。で、音楽を練習する間に、ちょっと四股を踏むとかね。

    福井 四股ですか?

    宮城野 四股の意味って、日本人がいま知っているかどうか。四股を踏むことで地鎮したり、悪いものを追い払う。相撲というのはスポーツであっても、ご存じのように神事の部分が多く含まれた特別なものです。

    福井 そういえば、私が小学校5年生くらいの時に、当時の協会理事長 春日野親方(元横綱栃錦)が、夏の巡業中に部屋を開放してくださり、3日間くらい通いで稽古させてもらったんですよ、まわし付けて四股踏んで。

    宮城野 今もやっていますよ。

    福井 今でもやっているんですか! うちの息子たちは行ってない(笑)。

    宮城野 うちの真羽人は、4、5年生で連続優勝して。

    福井 確実に親方の遺伝子ですね。そんな素晴らしい血が流れているお子様たちのことはどう思われます?

    宮城野 私だけではなく、父がいて、母がいて、ご先祖様がいて、今の自分がある。自分の力、才能だけではないです。

    土俵で真の自分を知り 努力して運を引き込む

    福井 相撲を何のためにやるのかというのは、自分の強さや弱さを知るためだと。

    宮城野 丸い土俵は、レスリングのマットや音楽のステージも同じだと思うけれど、人間が試されているよね。悲しんだり、喜んだり。寂しかったり、笑ったり。一番の財産は、勝ち負けじゃなくて、真の自分を知ったことじゃないか、つくづくそう思います。

    福井 土俵には全てがあるわけですね。私の好きな言葉で「人生で大事なのは喜怒哀楽の総量」というのがあります。要するに、「喜」と「楽」だけでは人生は味気ない。喜怒哀楽4つがたくさんあって、思い出と共に人生を豊かにしてくれるという。

    宮城野 ある映画で、武術の達人同士が戦う前に、お茶を飲むシーンがあるんですよ。主人公と戦う相手が、「このお茶は美味しいお茶です、飲んでください」って。主人公は「茶は茶です。茶には優劣の差はない。なぜならば、茶はすべて自然の中で育ったものだと。心の中で美味しいと思って飲めば、美味しい筈だ」と。

    富山 なるほど、深いね。

    宮城野 そして「我々武術家も当然技量の差はあっても、優劣の差はない筈だ」と言うんです。我々も、取組を通して自分自身の真の姿を知るのだと思います。

    福井 それが、勝ち負けを超越した「相撲道」なのでしょう。

    宮城野 12年前に4場所連続全勝優勝という誰もできなかったことを成し遂げて、優勝インタビューで「私は運があった人間です。でも、運は努力した人間のところにしか来ないんじゃないか。そして、ひとつのことだけに集中してやっていけば、もちろんそれは素晴らしいことなんだけれど、それだけでは一番に、てっぺんにはならないんじゃないか」──そう言ったことがあるんです。色々なものに興味があり、たくさんの努力があるからこそ、運がその人にやって来るんじゃないかと。そういえば松山千春さんと会った時、「横綱、イイこと言ったな。運という漢字の意味、分かるか?」と言われ、「分かりません、教えてください」と答えると、「軍隊の軍、軍が走らないと運は来ないんだ」と。

    福井 「しんにょう」は、走るという意味ですから、「軍」が「走る」ですね。そういえば手相占いのタレント、島田秀平さん知っています? 2ヵ月くらい前に大学にロケにきたんですが。

    宮城野 おーっ、お笑いの。

    福井 そうです。私がアドリブで手相に話を振ったんですよ。そしたら、休憩で私の手相を見てくれたんですが、それが全部当たっていて。詳細は秘密ですが(笑)。その島田さんが、足を遠くに運べば運ぶほど、運は回ってくるんだという言い方をしています。「運」という字は「運ぶ」と読むからですね。

    宮城野 いずれにせよ、黙って座っているんじゃ、運は来ないということですね。

    福井 芥川龍之介は「運というのは偶然ではなく必然だ」と言っているし、サッカーのジーコも「人は幸運の時は偉大に見えるけれど、成長しているのは実は不運の時だ」だと。

    色々なものに興味があり、たくさんの努力があるからこそ、運がその人にやって来るんじゃないか。

    親方が部屋継承後初の開催となる「宮城野部屋千秋楽パーティー」にて(2022年9月25日)

    2度味わった目に見えない不思議な力

    宮城野 目に見えない不思議な力というのを、実は10年間で2回味わいました。私は、東日本大震災が起きた日と同じ、3月11日生まれなんですが、震災の3ヵ月後、8日間で10ヵ所、慰問して巡りました。最初は岩手県の山田町で、前日に乗り込んだんですけど、眠れないんですよ。余震で携帯のアラームが鳴るじゃないですか、「地震です!」って。で、寝不足のまま土俵入りしました。そうしたら次の日、山田町の担当者から電話がありました。「横綱が土俵入りしてから、余震が1回もなく、ぐっすり眠ることができました」と。

    福井 それは、人知を超えた力ですね。

    宮城野 土俵入りし四股を踏むことで、先ほど話したよう、邪気が払われ、大地の荒ぶる神を抑えられたのではないかと思います。大相撲というのは、赤い糸じゃないですけど、目に見えないもので、この国、或いは何かと繋がっているのだなと確信した瞬間でしたね。神がかった話をしているようですが、不思議なもの、目に見えないもの、そういったものを含めた大きな世界の中で生かされていることを知り、畏怖の念を抱くことも、自分の心を整える上で大切なことだと、私は感じています。そして、もう一つの不思議な出来事は、最後の名古屋場所の時のものです。

    大相撲というのは、目に見えないもので、この国、或いは何かと繋がっているのだなと確信した瞬間でしたね。

    福井 最後の場所で45回目の優勝、しかも全勝した昨年の7月ですね。

    宮城野 千秋楽の朝に、とんでもないものを見ちゃったんですよ。あと5時間後に全勝対決の大勝負が待っているわけじゃないですか。朝稽古の時に、トヨタスポーツセンターの端にあるうちの相撲道場に、ドアから真っ黒な蝶が入ってきたと思い、でもよく見たら蝶ではなくトンボだったんです。黒いトンボ、見たことあります?

    福井 いや、ないです。

    宮城野 ゴルフ場とかで見るトンボなんかとは違うんです、飛び方が。こりゃあ珍しいものを見たなと。で、朝稽古が終わって調べたんですよ。そうしたら、ハグロトンボというトンボだったんです。

    福井 羽黒山(昭和初期の横綱)じゃなくて(笑)?

    宮城野 学長、詳しいですね(笑)。ハグロトンボは、青森とか新潟の川のきれいな所にしか出てこなくて、もう絶滅に近いらしいです。そして、最後に書いてあったのが、「神の使者」。

    福井 へぇー。黒猫を見たら不吉って言うけれど…。神の使者か。たしかに、長渕剛さんも歌ってますね、「ああー幸せのとんぼよー」って(笑)。

    宮城野 普通のトンボはこんなふうに羽を広げたまま止まるじゃないですか。ハグロトンボは、合掌するように羽を閉じて止まるんです。録画してあるから見てください(と言って、自分のスマホをみせる)。

    福井・富山 「わー、本当だ!」

    宮城野 よーし、と思うじゃないですか。それで風呂入って、ちゃんこを食べている時、今度はでっかいヤモリを見たんです。1ヵ月半くらいそこにいたのに、それまでは小さなヤモリすら見てなかったんですよ。でも、その朝にでっかいのが…。

    福井 2匹目の使者ですね。

    宮城野 勝った後に思い出しました、「ああ、朝いたな…」と。

    現役最後の一番の感動秘話

    福井 目標の二桁を達成した10日目に、実は引退を決めておられたと。

    宮城野 そうなんです。師匠とか家族とか、部屋の皆さん、裏方さんに言いました。それ以外は、誰も知らないです。そして千秋楽を前に、ある人に「みんな断髪した後に、土俵に感謝の気持ちを伝えている。だから、横綱は土俵に上がる前に感謝の気持ちを伝えて」と言われたんです。で、呼び出しさんから四股名を呼ばれた時、こう蹲踞(そんきょ)して土俵に頭をつけました。

    福井 感動的でした。

    宮城野 「20年間ありがとうございました。この一番だけ力をください」と。土俵に上がった瞬間、20年間で初めて緊張しなかった。すーっと抜けるというのか、どうなってもいいという感情の中に、光がうっすらあるような。勝てばその光が輝きますから。目つき、顔つき、身体つきも、そうなるんだろうね。で、勝った後に、爆発しちゃって。ちょっと叩かれましたけれど(笑)。

    富山 ははは、なるほどね。分かるな(笑)。

    福井 雄叫びつきのガッツポーズね(笑)。

    宮城野 20年間で初めてですよ、ああいう心境、感情になったのは。

    福井 そこまで書いてあるインタビューもないですね。有難うございます。昔、巨人の桑田真澄投手が手術を経て久々に復活した時、マウンドに腕をつけたことあったじゃないですか。あれは再生だけれど、親方の場合は、もうこれが最後だということで土俵に額を。実にいい話を伺ったので、私は、これからはあの映像を見て何杯でもお酒が飲める。もう最高(笑)。

    宮城野 富山さん、とんでもない夢を見たじゃないですか。最後の場所前に。

    富山 そうそう、私、電話したんだよね。夢の中で横綱が優勝するんですよ。優勝してパーティーやっているんですよ。

    宮城野 しかも、全勝優勝!

    福井 正夢ですね。

    宮城野 あの時は6月で、まだ自分なりの稽古ができていなかったんです。でも、ものすごく嬉しかった。

    富山 何かが知らせるんだろうね。不思議だったね。

    福井 以前、富山先生に伺った「夢でも勝つ」というお話。本番を想定してシミュレーション=イメージトレーニングをする。不思議なもので本番の1ヵ月くらい前までは相手と接戦しても負けてしまうという夢を見るが、順調に調整が進むと、1週間くらい前くらいから今度は勝つ夢に変わる。私も、たまにコンサート直前なのに全然間に合っていない夢を見ます(笑)。夢までコントロールするというのは、やはりそれだけ練習して自信を持っていかないと、できないですよね。

    宮城野 最後の名古屋場所の14日目大関正代戦。もし負けたら、千秋楽で全勝の新横綱照ノ富士に二番勝たないと優勝がない。二番は難しいけど、一番だったら何とかなるという自信があるから、とにかく正代戦は落とせないと。ある意味、千秋楽の取組より14日目の方が緊張感があった。でも、どんなにシミュレーションしても、正代には勝てないんですよ。本当はやりやすい相手なんだけど直近の場所で負けているし、自分は膝が悪いから思い切り立ち合いができない。夜も眠れないので睡眠薬を飲んで、それで朝起きたらトレーナーの大庭先生たちが来て、「横綱、立ち合い決まりましたか?」と。その時の言葉が、「決まった。今日は当たらない」。それで、立ち合いで仕切り線から下がったんですよ。ひとつ、ふたつ、自分が歩いて下がっていくんです。そうしたら、正代が動揺してね、目が左右にすごい勢いで…人間の黒目って、あんなに速く動くって知らなかった(笑)。

    福井・富山 (大爆笑)

    宮城野 そこで、もらったと思いましたね。

    進退を賭けた場所で、不知火型の横綱土俵入りをする白鵬関。左は露払い石浦(2021年7月14日ドルフィンズアリーナ)
    全日本相撲協会提供
    現役最後の場所13日目高安戦。この2日後全勝により45回目の優勝を決め、自らの花道を飾る(2021年7月16日ドルフィンズアリーナ)
    全日本相撲協会提供

    個性的で義理人情に溢れた弟子を育てたい

    福井 指導者になられて、どのように、そしてどのような弟子を育成したいですか。

    宮城野 医師に、次にケガしたら人工関節だと言われました。引退した理由のひとつは、今後弟子たちを教えるのに自分の身体が丈夫じゃないといけないから。千代の富士さんがまだご存命で60歳くらいの時に、「常にまわしを締めることだ」と。なので、今後もまわしを付けてやっていきたい。そして、例えば、魁皇関が右を取った時や千代大海関が突っ張った時に会場が湧きましたよね。そういう絶対的な型を持ちながらも、義理と人情を備えた力士を育て、相撲界の発展に尽くしたいですね。

    福井 それはもう、白鵬二代目ですよね。

    富山 音楽とか芸術の世界には勝ち負けはないけど、観て聴いている側が判断するじゃないですか。私、絵を最近興味があって見るんだけどね、素人には分からないわけです。だけど、惹きつけられるものってある。音楽もそうですよね。全然知らなくても、聴いているだけで涙が出てしまうという。スポーツも、勝っても負けても感動を伝えられるような試合というのをしないといけないんですよね。

    スポーツも、勝っても負けても感動を伝えられるような試合というのをしないといけないんですよね。(富山)

    福井 やはり白鵬、朝青龍という力士は華があり個性的で、人間的な魅力・サービス精神に満ち溢れ、自分の意見を世の中に伝えることに優れていた。そういう意味では、現役力士ももっと発信力を増して欲しいというか。

    宮城野 色々な個性があった方がいいよね。

    富山 そうですよ。本当に。

    人生は木と同じ──型を持って、型にこだわらない

    福井 学生たちへ、メッセージをお願いします。

    宮城野 とにかく何にでも興味を持つこと、たくさん夢を持つことですね。私は15歳で日本に来た時、父と一緒の横綱になりたいという夢を持っていました。その夢を22歳で叶えてしまった。22歳と言えば、ちょうど大学4年生の歳ですよね。叶えてしまった時に、夢と目標を失うという悲しさ、寂しさがあった。じゃあ、今度はどうしようか。そうすると、相撲だけじゃなくて、色々な興味を持ち新たな夢を持つことが大事なんだと気づきました。最近、若い子にうるさく言っているのは、まず「型」を作ること。型も何もないのに色々やっても駄目なんです。

    福井 それは「型破り」ではなく、単なる「型なし」ですね。

    宮城野 そして型を作った後は、その型に「こだわらない」ようにしなければいけない。

    福井 武道、芸道、芸術における「守破離」ですね。

    まず「型」を作ること。型も何もないのに色々やっても駄目なんです。

    銀座にある「鵬 -HO-」で、横綱の強さの源になったちゃんこ鍋を頂く。元力士で店主の岩崎悟さんは、四股名「白鵬」の名付け親。福井学長「さっぱりかつ深みのあるスープのこだわり鍋は、心も体も温まります」

    宮城野 私の相撲の型は、右四つ、左上手。でも、はまらない場合にどう対処するか、それを模索していくのです。

    福井 そういえば、今も拝見していましたが、親方の右耳は、右四つが得意なので立ち合いで相手の頭で強烈にこするため、カリフラワー耳になってらっしゃいますよね。柔道やレスリングの選手が、寝技の時、畳やマットでこするからなるという。

    宮城野 うちの父は耳がきれいなんですよね。どうしてそんなに耳がきれいなんだと聞いたら、「強いからだ」と(笑)

    福井 ははは。

    宮城野 この「型を持って型にこだわらない」というのは、人生も同じ。人生というのは、木なんです。木にはしっかりと根があるわけじゃないですか。相撲というのは私にとって絶対のベース、木の根っこなんですね。これは誰からも奪われることはない。だから、これが私の型なんです。そこから木が生え、たくさんの花を咲かす。人生は長いようで短いと思うし、音楽という根っこを作った上で、色々なものに興味を持って、もちろん音楽の世界でたくさんの花を咲かせてもらいたい。頭で考え、心で描きながら、日々頑張っていけば、夢というものは必ず叶うものだと。

    福井 まさに私が常日頃、学生に話していることです。遊ぶことも大切なんだけれど、まずは自分に厳しく鍛錬をしてほしい。でも最後は結局、人と人だから。音楽しか知らないと、自分自身の幅や可能性、そして自分の周りの世界が広がらない。やはりどんな人とも話せる方が、色々な仕事も回ってくる。また、世の中の人が興味を持つものには必ず理由があるので、あらゆることに関心を持てば、自ずと感性・人間性が磨かれるのだと思います。

    宮城野 その通りだと思います。

    福井 今日お話を伺って、親方の言葉の数々には、偉大な先人たち、特にお父上に対する尊敬が通底しているように強く感じました。そして偉大なる家系に生まれた宿命と運命、成ったものしか分からない横綱としての矜持と孤独感。私の曽祖父がこの武蔵野音楽大学を創立しました。一緒にしては失礼ですが、私も親方と同じように、曽祖父や父に恥をかかせないように精進してきたつもりです。そして、2年前に学長になりました。少なからず重圧もある中、今日はとても勇気づけられました。心より感謝申し上げます。

    宮城野 こちらこそ、ありがとうございました。

    本学ブラームスホールホワイエにて

    内閣の組閣写真みたいだね(笑)

    (2022年2月発行 MUSASHINO for TOMORROW Vol.142 より)

    宮城野 翔(Sho MIYAGINO)

    宮城野 翔(Sho MIYAGINO)

    第69代横綱。本名・白鵬翔(帰化前はムンフバト・ダヴァジャルガル)。1985年3月11日モンゴル・ウランバートル市生まれ。父はモンゴル相撲の横綱で国民的英雄。15歳の時に来日し宮城野部屋に入門、2001年3月場所初土俵を踏む。新大関の2006年5月場所、幕内初優勝。2007年5月場所後に横綱に昇進、以後土俵の内外で相撲界を牽引。幕内優勝回数45回などの5つのギネス認定記録を含む数々の大記録を残し、2021年9月に引退。年寄「間垣」を経て、2022年7月年寄「宮城野」を襲名。生涯戦歴:1187勝247敗253休。

    福井 直昭(Naoaki FUKUI)

    福井 直昭(Naoaki FUKUI)

    1970年東京都出身。慶應義塾大学卒業、武蔵野音楽大学大学院修了、ミュンヘン音楽大学留学。ピアニストとして国内外で20を超えるオーケストラと協演し、クロイツァー賞、ブルガリア国際コンクール「Music and Earth」全部門グランプリ、ハンガリージュール市記念シルバーメダル、下總皖一音楽賞等受賞。現在、武蔵野音楽大学理事長・学長の他、日本私立大学協会常務理事、全日本音楽教育研究会会長等を務め、学内のみならず多くの機関において重要な役割を果たす。また、教授として優秀なピアニストを多数世に輩出するほか、マスメディアへの登場も多く、音楽文化を教育・研鑽する大学の長として、音楽の枠に留まらない発信を常にし続けている。

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