宮城野親方(元横綱白鵬関)× 福井学長 特別対談(後編)3
特別ゲスト:富山英明(日本レスリング協会会長・1984年ロサンゼルス五輪金メダリスト)
個性的で義理人情に溢れた弟子を育てたい
福井 指導者になられて、どのように、そしてどのような弟子を育成したいですか。
宮城野 医師に、次にケガしたら人工関節だと言われました。引退した理由のひとつは、今後弟子たちを教えるのに自分の身体が丈夫じゃないといけないから。千代の富士さんがまだご存命で60歳くらいの時に、「常にまわしを締めることだ」と。なので、今後もまわしを付けてやっていきたい。そして、例えば、魁皇関が右を取った時や千代大海関が突っ張った時に会場が湧きましたよね。そういう絶対的な型を持ちながらも、義理と人情を備えた力士を育て、相撲界の発展に尽くしたいですね。
福井 それはもう、白鵬二代目ですよね。
富山 音楽とか芸術の世界には勝ち負けはないけど、観て聴いている側が判断するじゃないですか。私、絵を最近興味があって見るんだけどね、素人には分からないわけです。だけど、惹きつけられるものってある。音楽もそうですよね。全然知らなくても、聴いているだけで涙が出てしまうという。スポーツも、勝っても負けても感動を伝えられるような試合というのをしないといけないんですよね。
福井 やはり白鵬、朝青龍という力士は華があり個性的で、人間的な魅力・サービス精神に満ち溢れ、自分の意見を世の中に伝えることに優れていた。そういう意味では、現役力士ももっと発信力を増して欲しいというか。
宮城野 色々な個性があった方がいいよね。
富山 そうですよ。本当に。
人生は木と同じ── 型を持って、型にこだわらない
福井 学生たちへ、メッセージをお願いします。
宮城野 とにかく何にでも興味を持つこと、たくさん夢を持つことですね。私は15歳で日本に来た時、父と一緒の横綱になりたいという夢を持っていました。その夢を22歳で叶えてしまった。22歳と言えば、ちょうど大学4年生の歳ですよね。叶えてしまった時に、夢と目標を失うという悲しさ、寂しさがあった。じゃあ、今度はどうしようか。そうすると、相撲だけじゃなくて、色々な興味を持ち新たな夢を持つことが大事なんだと気づきました。最近、若い子にうるさく言っているのは、まず「型」を作ること。型も何もないのに色々やっても駄目なんです。
福井 それは「型破り」ではなく、単なる「型なし」ですね。
宮城野 そして型を作った後は、その型に「こだわらない」ようにしなければいけない。
福井 武道、芸道、芸術における「守破離」ですね。
宮城野 私の相撲の型は、右四つ、左上手。でも、はまらない場合にどう対処するか、それを模索していくのです。
福井 そういえば、今も拝見していましたが、親方の右耳は、右四つが得意なので立ち合いで相手の頭で強烈にこするため、カリフラワー耳になってらっしゃいますよね。柔道やレスリングの選手が、寝技の時、畳やマットでこするからなるという。
宮城野 うちの父は耳がきれいなんですよね。どうしてそんなに耳がきれいなんだと聞いたら、「強いからだ」と(笑)
福井 ははは。
宮城野 この「型を持って型にこだわらない」というのは、人生も同じ。人生というのは、木なんです。木にはしっかりと根があるわけじゃないですか。相撲というのは私にとって絶対のベース、木の根っこなんですね。これは誰からも奪われることはない。だから、これが私の型なんです。そこから木が生え、たくさんの花を咲かす。人生は長いようで短いと思うし、音楽という根っこを作った上で、色々なものに興味を持って、もちろん音楽の世界でたくさんの花を咲かせてもらいたい。頭で考え、心で描きながら、日々頑張っていけば、夢というものは必ず叶うものだと。
福井 まさに私が常日頃、学生に話していることです。遊ぶことも大切なんだけれど、まずは自分に厳しく鍛錬をしてほしい。でも最後は結局、人と人だから。音楽しか知らないと、自分自身の幅や可能性、そして自分の周りの世界が広がらない。やはりどんな人とも話せる方が、色々な仕事も回ってくる。また、世の中の人が興味を持つものには必ず理由があるので、あらゆることに関心を持てば、自ずと感性・人間性が磨かれるのだと思います。
宮城野 その通りだと思います。
福井 今日お話を伺って、親方の言葉の数々には、偉大な先人たち、特にお父上に対する尊敬が通底しているように強く感じました。そして偉大なる家系に生まれた宿命と運命、成ったものしか分からない横綱としての矜持と孤独感。私の曽祖父がこの武蔵野音楽大学を創立しました。一緒にしては失礼ですが、私も親方と同じように、曽祖父や父に恥をかかせないように精進してきたつもりです。そして、2年前に学長になりました。少なからず重圧もある中、今日はとても勇気づけられました。心より感謝申し上げます。
宮城野 こちらこそ、ありがとうございました。
(2022年2月発行 MUSASHINO for TOMORROW Vol.142 より)