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武蔵野音楽学園

平家琵琶

薗田 治子

田村晧司作 日本 全長 81cm

「祇園(ぎおん)精舎(しょうじゃ)の鐘の聲(こえ)、諸行無常の響きあり…」—有名な「平家物語」の冒頭の一節である。移ろうからこそはかなく、はかないからこそ美しいという、日本人が古くから大切にしてきた「無常の美」の世界が繰り広げられている。


平家琵琶とは、この「平家物語」を琵琶法師が語るときに用いる琵琶のことで、その音楽は「平家(平曲)」と呼ばれている。その歴史は古く、鎌倉時代に遡るとされているが、当初は小型の楽琵琶を転用していた例も多くみられる。しかし、楽琵琶との相違点としては、柱が1つ多くなり5つとなったこと、また、勘所を作る柱の位置が異なっていること、写真の楽器のように撥面に月形の装飾がつけられている場合が多いこと、撥の先端が尖っていることなどが挙げられる。


琵琶法師は、活動組織として数々の「座」を組んできたが、中でも平家琵琶を主に用いる「当道座」は、江戸時代になると幕府の庇護のもと次第に勢力を強め、その他の琵琶法師たちとの対立を深めていった。その結果、当道座は、自らは平家琵琶とともに三味線を用いる一方で、座外の琵琶法師たちには三味線の使用を禁じ、琵琶にも多くの制約を加えた。座外の琵琶法師たちは、三味線的要素を琵琶に反映させて新たな楽器を生み出し、演奏姿勢を工夫することで、必死に対応していったのである。つまり、三味線のように、自由な音高を得るため柱を高くしたり、細やかな手の動きに対応するために、より左手の負担が軽くなる斜めの構え方へと変化していったものと考えられている。そしてこれらの変化が盲僧琵琶へ、また後の近代琵琶へと受け継がれていくことになった。(武蔵野音楽大学楽器博物館所蔵)