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武蔵野音楽学園

薩 摩 琵 琶

薗田 治子

日本 全長94cm

四方を海に囲まれている日本は、その地理的条件から、独自の民族性を保ちながらも、歴史的には幾時期かにわたって外来の文化を受容し、日本人の嗜好に合わせて変容させ、さらに細分化させて、独自の異なる文化を発達させてきたといえるだろう。これは楽器の世界に於いても例外ではない。

シルクロードを通じて東方中国に伝播した「琵琶」は、日本に入って、楽琵琶・平家琵琶・盲僧琵琶・薩摩琵琶・筑前琵琶・・・と種類に広がりをみせている。具体的には、胴の形態、柱(じゅう)(ブリッジ)の数や高さ、弦数、素材、撥の形状、構え方など、求める曲風・奏法などに応じて細かく変化させてきた。

多種の琵琶楽の中でも薩摩琵琶は、ひときわ勇壮である。江戸時代には、はじめ薩摩藩士が用いていたというだけあって、題材は戦記物が多く、鋭く尖った大型の撥は、細かな音を弾じたり、胴面を叩きつけるような一種の打楽器的要素を取り入れた迫力のある弾奏に適している。また、柱を大きく高くしたことによって、弦を押さえる力加減で、いくつかの音高が得られるようになった。

写真の楽器には、来歴を示す書状の写しが附属されている。これによれば、もとは幕末の薩摩藩士、江戸城桜田門外で井伊大老を討ち取った有村次左衛門が所有していたものであった。その後、大正から昭和にかけて活躍した薩摩琵琶演奏家、伊達熊太郎(新蔵)の手を経て、同時期に活躍した薩摩琵琶名手、吉村岳城の手に渡ったものであり、大切に扱われていたことが窺える。さらに、昭和6年、吉村の学窓であり同じ琵琶の道へと進んだ朋友、米澤誠豊に贈られたことが、吉村自身によってしたためられている。(武蔵野音楽大学楽器博物館所蔵)